2012/04/06(金) 17:43:22 [国思う勉強会/国守る勉強会]

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国思う」眼識について

 拙き身が少年の頃より抱いて来た「国思う」の意義について少々述べさせていただきます。先ず「国思う」の「」は、「田」に「心」と書きます。「田」とは、皇国伝統の新嘗祭に集約される通り、時の陛下が田に苗を初夏にお手植えされ、秋に刈入れをされる。その皇田を指しますが、ひいては、あらゆるところで稲が植え育てられる敷島の国土を謂います。また、「心」とは陛下の御意であり、御意は国土と、そこに生きる敷島の万民と共に常に在りと。こう意義深く拝しております。

 陛下を先ず尊崇申し上げての「国思う」心が、やはり日本人の基本であると謂えます。一般に、陛下を単に「良い人」とか、「日本国の象徴とされている人」等々との、あたかも他人事のような、そもそもの至宝を綺麗なガラス玉程度にしか認識し得ない謬見(びゅうけん)が一部に徘徊しているようですが、これらは敷島不変の黄金則から逸脱したものと指摘できます。
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誤魔化されない、敷島人の眼力を

 最近では、政治分野での新興勢力が、良識の批判を避けるためか、独自の憲法案の最後になって「国家元首」に陛下を置く旨を表明しました。しかし、これもまた、その本心はそもそもの敷島の心に在らず、自勢力への集票のための保守偽装と指弾して差し支えありません。なぜならば、たとえば、円を描く時に先ず円の中心を定めるのと同じく、皇国の綱格は、先ずを以って陛下を「国家元首」に定め、そこから憲法の綱領を要から略、略から広へと展開し定べき筋道に在るからです。

 表看板では保守らしさを自称しているとしても、本心では、不遜にも陛下を、己や教祖らの目線の下に置くかの不敬の心が有れば、その最重要な一点を以ってして偽物と断定して差し支えない。逆証的に指摘すれば、また、先ほど、みなさまの中からご指摘が有りましたが、外国人参政権や人権侵害救済法案に賛意を示す「保守勢力」などが存在する理由が無いのです。この点を以って、峻別の眼を大いに培って行くことが大切です。

 仮に、たとえば、現政権で人権侵害救済法案が棚上げとなって、解散総選挙になったとしても、メディアの新たな誘導によって、もしも、以上のような保守偽装勢力が議席を伸ばせば、良識は、再び闇法案推進の闇政治の陰影に胃を痛めなければならなくなる可能性も否定できません。良識の踏ん張りどころですね。国害と対峙しつつ、以上を、現在から今後にかけての峻別の基点としていただき、次代に恥ずかしくない日本を、との願いをもとにした無私の活動を共有いただければと願う次第です。

(平成24年3月4日 敷島民間防衛隊「闇法案対策」緊急会議での略講より)
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日本は毅然とあれ!

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敷島の桜花(筆者)
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