2011/10/10(月) 01:02:31 [メディア報道の闇]

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野田首相はカルト「壮年部幹部」タイプ

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野田内閣、支持率が55%に…読売世論調査
  読売新聞社が7~9日に実施した全国世論調査(電話方式)で、野田内閣の支持率は55%となった。内閣発足直後の前回調査(9月2~3日)の65%と比べると10ポイント下がった。不支持率は29%(前回19%)だった。読売新聞Web)10月9日付記事より参照のため抜粋引用/写真は読売新聞同記事より資料として参照のため引用
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“支持率”報道は、「あて」になるのか

 旧来の読者のみなさまの中にも、あるいは同じ認識を共有くださる方々が少なくないことと拝察する。いわゆる“支持率”報道の数値は、ある程度の参考にはなるけれども「あて」にはならない。この観方は、「博士の独り言」にとっても初期からの不動の認識の一つである。

 事の大局から総観してみても、メディア全般が、公表、未公表の違いこそあれども、ほぼ例外なく「在日採用枠」を講じており、年々メディ「亜」と指摘すべき「血中濃度」を増している。そのためか、彼らの“祖国”による我が国への侵蝕や侵略行為、主権干渉の現実を報じるというよりは、巧みに“友好”や“ブーム”へとすり替えるかの記事や報道、番組が増大している。

 まして、はるか以前から、カルトの隠れ信者らがメディアの中にも徘徊し、今日の“流れ”を誘引し、形成をアシストするかの“働き”をなして来た現実がある。確かに、一部には、メディアを“公器”であるかのように延命たらしめるアリバイ的な報道はあるが、しかし、濁れる本質は何ら変わらない。その証左の一端として、日替わりのようにカルト教団関係やパチンコの「広告」や「CM」を盛り込み、それゆえか、ほとんどの報道ではこれらの毒性や国害性には触れない。被害者が絶えないのもそのためで、この一事を拝察するだけでも、商業メディアの多くは、その“木鐸たるべき社会的使命”をすでに終えているものとみなして差し支えない。

 また、この実態をタブー化してしまい、おぞましい「本質」にメスを入れない限り、メディアの多くが抱える病巣を指摘することは困難である。いわゆる“支持率報道”の類もそうした傾向の“大枠”から出ていない、と認識すれば、「亜」系の政党の集票看板“政策”や同情に衆目を集め、好意を募るかの一連の傾向が判りやすくなるのではないか。
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「55パーセント」もあるのか

 紙面(Web)は、「内閣発足直後の前回調査(9月2~3日)の65%と比べると10ポイント下がった。不支持率は29%(前回19%)だった」と。いわば、支持率は「10ポイント」下落しても、まだ「55ポイント」ある(要旨)と記している。だが、野田首相が首班指名で誕生し、後の組閣で「野田内閣」が誕生したばかりの「9月2~3日」に、なぜ、「支持率」“調査”と“報道”をなし得たのか、不可解の他ない。

 一般に、「支持率」とは実績に対する民意を問うべきものであり、問うべき実績は何ら存在しない時期には、本来「支持率」に関する調査、報道はなし得ない筋道にあるはず。それをあえて、高支持率であるかに報じる在り方に、ブログで指摘させていただくところのメディ「亜」のメンタリティによる「騙し絵の構図」を拝察し得てならない。その視点から考察すれば、「7~9日に実施した全国世論調査」の「55パーセント」についても、額面通り受け取るわけにはいかない。あくまでも、以上は、筆者不動の視点だが、小稿にも重ねて指摘させていただきたい。
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野田首相はカルト教団「壮年部幹部」タイプ

 云く「元秘書3人の政治資金規正法違反事件での有罪判決を受けて、小沢一郎民主党元代表が「政治とカネ」の問題を国会で説明すべきだと思う人は81%を占めた」と。続けて、「野田首相については、自らの政策や考えを国民に十分に説明していないと答えた人が71%に達した」(表題)と記している。小沢被告の事例については後稿で触れさせていただくこととして、さらに興味深いのは、野田首相の「自らの政策や考えを国民に十分に説明していない」と問うたとする項目である。

 そもそも、ふとボロが出るのを恐れてのことか、メディ「亜」が要求する「ぶらさがり取材」さえも拒否し、なかなか“素顔”をお見せにならない野田首相とはどのような「公人」なのか。あえて「公人」の指摘については、遠慮なく行わせていただいた来たブログの一つとして言及させていただきたい。

 積年の間、カルトと対峙して来た国思う一人として、数多の経験からあえて野田首相をプロファイリグさせていただけば、カルト教団の「壮年部幹部」に目立つタイプと観ている。このタイプには、自身の意志、自身の声、ひいては、自身の考えがほとんど存在していない、という共通点がある。中身が空洞化していながらも、しかし、教祖や外部の何らかの影響浅からぬ存在の「意志」「声」を代弁し続ける。一種の操り人形のタイプが、カルト教団の「壮年部幹部」を占めている現実と照合できるのである。カルト教団にとっては重宝されるタイプかもしれないが、「公」の最たるリーダシップが常に求められる一国の首相としては、いかがなものか。
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【筆者記】

 「ちょい保守」を形どりながらも、本当は、「自らの政策や考え」を特にお持ちではない。だから、ぶらさがり取材も困る。そう認識すれば、野田首相に問うべき本質と「説明していない」実態とがつながって来る。そのおぞましさは、たとえば、血液検査を拒む「亜」の性犯罪者らと何ら変わらない。
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 読者のみなさまには、ご多忙の中、日々新たなご訪問をいただき有難うございます。先祖代々の日本人本来の品性と、正直に生きてごく当たり前の筋道に照らし、「おかしい」「変だ」と洞察していることをみなさまと共有させていただき、その病理を問う。これが博士の独り言のスタンスであり、この視点は今後も不変です。 日本人の多くが、思想、信条の面で団体や集団に属さない存在であり、私と同じ立場におられることを幸いに思います。ごく普通の日本人が、ごく当たり前の「言」を発して行く。事実を即した、その共有が広がり行くことを願って止みません。

 応援くださり、辛抱強く支えてくださるみなさまに心より感謝申し上げます。
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日本は毅然とあれ! 
        

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清貧の路傍にて (筆者) 
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