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2015/04/09(木) 10:45:00 [皇室関連/日本は毅然とあれ!]

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両陛下、慰霊に臨まれる報に接し

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両陛下、パラオご訪問 慰霊「苦難の道 しのびたい」
 【コロール島(パラオ共和国)=伊藤真呂武】 天皇、皇后両陛下は8日、戦後70年の節目に戦没者を慰霊するため、羽田空港発のチャーター機でパラオ共和国に入られた。海外での「慰霊の旅」は平成17年6月の米自治領サイパン島以来10年ぶり2度目。パラオご訪問は、天皇陛下が強く望みながら一度断念しており、10年来の宿願をかなえられた。以上、冒頭より。産経新聞 平成27年4月9日朝刊 購入紙面(1面)より「個」の日記の資料として参照

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両陛下、パラオにご到着

 天皇、皇后両陛下がパラオ共和国にご無事に到着せられ、二日間の行幸啓と激戦地での慰霊に臨まれる(要旨)との一報については、先稿に時事通信の記事をクリップさせていただいた。小稿では、そのご様子を詳しく伝える紙面(産経紙)をクリップさせていただきたい。

 パラオ共和国では、両陛下を国家を挙げて歓迎いただき、日本国民の末座の一人として感銘を覚える。陛下は、同国主催の晩さん会におかれて、「先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います」とのお言葉を下賜せられ、この九日には、激戦地となったペリリュー島、ならびにバベルダオブ島への行幸啓と慰霊に臨まれる。
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ペリリュー島では

 下記の紙面は、両陛下を本日迎えられるペリリュー島の様子を紹介する記事だ。「両陛下ようこそ」との手作りの横断幕を掲げる練習をする児童たちが写真で紹介されている。統治時代の約三十年間はもとより、戦後七十年間におよぶ長きに渡っても、さらにペリリュー島においても日本が心から敬愛されいる。その様子を垣間見ることができるワンシーンと謂えよう。

 激戦迫る最中においても、現地の民間人の命を守るために最後の一人まで疎開させた。弾薬は無論、食料、水が尽き果てた状況下に在っても、十倍、十五倍する米軍と実に七十三日間もの間激闘を続けられた。その英霊方々の尊い礎が有ってこその今日と拝考するにつけ、感謝と敬礼を捧げずにおれない一人である。

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産経新聞 平成27年4月9日朝刊 購入紙面(23面)より

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先人英霊の遺徳を偲び

 戦後の、米国による信託統治を経ての1981年にパラオ共和国となり、その時に制定した国旗も日の丸を模して満月を配したものとした。その時の讃文も誤字は若干見られるものの日本語で記され、国旗の由来をこう記している。

  私達は国旗の選択に相当苦労した。大(応)募者は悉く各島の人々であり、それぞれの旗にパラオの歴史と伝統がこめられていた。だから、選考委員は真剣であった。選考に日数をかけた。でも、最終的にこの旗に決まったのは、日本の旗に一番似てい(る)ので、最大の人気が集まった。

 日の丸の部分を黄色にしたのは、月を現(表)す。周囲の青地は海を意味する。月は太陽が出ないと輝くことができない。つまり月は太陽によって支えられ、月としての生命を持つ。太陽とは日本のことである。海に囲まれたパラオという国は、日本の太陽の反射によって輝かねば生きられないのである。

 我々はまた戦争中に、日の丸を掲げて強大な米軍と交戦した日本軍将兵の勇敢さと純粋さに、大きな魅力と尊敬を捧げている。一万に及ぶ英霊たちは私達に、勇気と国を想う心があれば、アメリカよりも強くなれることを教えて死んだのである。

(以上、引用)(段落付は筆者)
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パラオの国旗成立の事由を記した讃文(先稿より)
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 英霊方々の遺徳を心より偲ぶ。今日は両陛下をお迎えし、ひときわ心安らかになられることを願って止まない。陛下の大慈を末座より遥かに拝し、英霊方々に感謝と敬礼を捧げる。
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■ 主な関連稿

両陛下、パラオを行幸啓 2015/04/08
天皇陛下、パラオ大統領を引見せらる 2014/12/18

両陛下「パラオへの行幸啓」ご検討 2014/06/04
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パラオの桜と英霊 2007年11月25日付メモより 
英霊に一杯の水を捧ぐ 2007/11/28   

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付記1】【付記2】【付記2】【付記4】【付記5
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国体の護持と弥栄を!     

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敷島の桜花
(壁紙)(平成27年)義広撮影 敷島について
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文末挨拶 付記
武士は花を愛でる 付記

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敷島の和色465色と四季の繊細 付記
俳句、和歌は敷島の文化 付記

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