2014/09/17(水) 05:31:00 [皇室関連/日本は毅然とあれ!]

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明年度初めにも実現へ

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両陛下パラオ訪問へ=来年、戦没者を慰霊-政府調整
  
菅義偉官房長官は16日午後の記者会見で、天皇、皇后両陛下が戦後70年となる来年の年度初めにも、戦没者慰霊のために西太平洋のパラオを訪問される方向で調整していることを明らかにした。
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 パラオは太平洋戦争末期における日米両国の激戦地で、ペリリュー島などの戦闘で約1万6000人の日本兵が命を落としたとされる。戦後60年の際にもマーシャル諸島、ミクロネシア連邦とともに両陛下の訪問が検討されたが、移動手段などの問題から見送られ、サイパンを訪れた経緯がある。時事通信Web) 平成26年9月16日付記事より「個」の日記の資料として参照
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両陛下がパラオ行幸啓へ

 天皇、皇后両陛下ましましての、パラオへの大慈の行幸啓と戦没者慰霊を明年度初めにもなされる方向で調整に入られているとの報。

 南海の珊瑚の島に帰国を果たせずに眠る先人英霊方々は、生死の域を超え今もなお国護る任務を全うせられんとする心にあられるであろうことは、心深く靖国に詣でられる方々が共通して実感されていることかと拝察する。方々にとって両陛下ましましての行幸啓と慰霊がどれほどの幸いと鎮魂となるか。凡庸には察して有り余る。

 心より感謝と敬礼を捧げる。
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桜の美しさを日本人の勇気、美徳と喩え

 昭和19年9月12日から、日本の委任統治領(当時)であったパラオ南端のペリリュー島に米軍海兵隊が同島への集中的な砲撃を開始。15日朝に上陸し、その圧倒的な戦力によって「2、3日で占領」をと目論んでいた米軍に対し、約1万名の日本軍守備隊が徹底抗戦し、弾薬、食料の補給路を完全に断たれた中で同年11月25日まで実質73日間にわたってペリリュー島を守った。

 特筆すべきは、このペリリュー島で壮絶で長い戦闘が繰り広げられたにもかかわらず、この同島の民間人には1人も犠牲者が出なかったことだ。事前に戦局を鑑(かんが)みた中川州男(くにお)陸軍大佐(後に陸軍中将)率いる司令部の配慮により、すべての島民のパラオ本島他への移住をほぼ完了させていたからである。

 日本軍守備隊の事績は、戦後もパラオで長く語り継がれており、桜の美しさを日本人の勇気、美徳と尊敬し、憧れの念を桜に譬えて慕う散文が日本語で記され、 後にパラオ共和国と建国した際の国旗の制定においても、日の丸を模しての月を配するものとしている。
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■ 主な関連稿

両陛下「パラオへの行幸啓」ご検討 2014/06/04
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パラオの桜と英霊 2007年11月25日付メモより 
英霊に一杯の水を捧ぐ 2007/11/28   

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付記1】【付記2】【付記2】【付記4】【付記5
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■ お願い  更新頻度が高いため、直近の稿が見逃されがちです。下記のような表示をさせていただいている直近稿にもお目通しいただきたく、宜しくお願いします。 
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▼ 平成26年9月16日

民主党「岡田氏代表代行に」考
元気になりました 
日中接近「韓国パニック」考 
韓国団体「聞き取り調査映像公開」考 

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国体の護持と弥栄を!     

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敷島の桜花 (壁紙)(大判)(平成26年)義広撮影 敷島について
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