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2014/04/18(金) 13:10:00 [事例付記]

事例付記
石井731部隊の事実

「悪魔の飽食」の欺瞞と虚構

 「石井731部隊」は、小説家・森村誠一氏の『悪魔の飽食』(あくまのほうしょく)から騒がれ始めました。その内容は、旧満州国で石井四郎陸軍軍医(医学博士)を中心とする731部隊が行っていたとする人体実験の様子を詳しく描いており、巷で話題を呼び、その話を題材にした劇が制作されるなど、それをもとに中国共産党も対日毀損宣伝の映画、映像化を様々に進めて来ました。

 しかし、森村氏の著書に掲載された写真のほとんどは当該の石井部隊とは無関係な写真を無理やり関連付けたものであることが、各方面からの指摘で発覚し、且つ写真の説明にも、物理的、医学的をもとにした整合性に欠けた記述で多くが占められ、その後、森村氏は修正版を(続刊という形式で)出版しました。

 その中に、「石井731部隊の元隊員」であったとする人物から提供されたとする写真が「新発見」と謳って掲載されましたが、その大部分が石井731部隊とも無関係な偽造写真であることが判明しました。この問題により、当時、光文社版は続刊を含むすべての版の回収を余儀なくされ、これも絶版となりました。
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真実性に著しく欠けた森村氏特有の「フィクション」

 その後、森村氏は問題写真を削除した上で角川書店より新たに同名本を出版しましたが、その「新版」の内容についても真実性が著しく欠けており、「ノン・フィクション」と呼ぶにはほど遠く、森村氏得意の「フィクション」の域を出ていないものとなりました。

 筆者のコクヨノートでの当時の記録をもとに、「フィクション」と指摘し得る事由をここであらためて挙げると次の通りです。

 第一に、内容に登場する人物はすべて匿名である。

 第二に、森村氏が引用する登場人物の「証言」が版を追うごとに異なっている。

 第三に、査及、精査すべき事の事実に関し、「石井731部隊に関する資料を米国が回収し、公開していないため検証不能」とする弁明には状況的な無理がある。つまり、旧満州国の検閲を実施した当事者は米国ではなく、旧ソ連であり支那であった。

 第四に、戦後に関係者から証言を引き出したとする「ハバロフスク裁判」それ自体が、法学者によってその存在を否定されている。

 第五に、森村氏の著書が、日本共産党の機関紙「赤旗(日曜版)」上での連載から生まれ、日本共産党の協力のもとに出版された経緯を鑑みれば、他の「従軍慰安婦」等の同紙面での虚構誇大化の性癖に照らせば、「事実」と謂うよりプロパガンダと観る方が適正と考察し得ること。

 第六に、瑣末な身(筆者)の遠縁、ならびに当時の関係者ら二名(医学研究者、法学研究者)らが旧満州の時代に現地を訪問し石井731部隊を訪れています。当時、くまなく現地、施設を視察しているにもかかわらず、しかし、森村誠一氏が記述した如くの人体実験に関わる設備、ひいては、マルタ(捕虜)収容所、毒ガス、細菌兵器に関する研究施設は存在していなかったことが証言の中で判明している。

 以上の、指摘すべき矛盾が森村氏の当該の著作に観られ、その内容が、支離滅裂に混濁していることが検証で判りました。
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「731部隊」訪問者の証言

 この続きとして、下記は、少年期(筆者)に、戦後に日本に生還した遠縁者と関係者、ならびに「731部隊」施設を訪問した関係者らから幾度と無く聴聞した事の概要をあらためて記します。

 先ず、それらの方々は、

 第一に、当時、石井四郎氏と実際の現場担当者、要員からはそうした残忍な類の話は聞いていない。

 第二に、同部隊の存在と施設設置の役割と使命は、駐留日本軍と日本からの開拓移入民のための防疫給水と伝染病の予防にあった。旧満州の水に関する衛生状態は極めて深刻であった。

 第三に当時の水事情を説明し得る事例として、井戸を掘って汲み置きした水であっても、度々襲来する窓わくに堆積するほどの黄砂が水を濁らせる状況にあった。

 水は、かろうじて、やかんで沸騰させて飲用に用いたが、時間が経てば、やかんの底にはさまざまな不純物が沈殿するほど汚い水であった場合が多かった。そのように、泥や砂が混合している現地の水では、そのまま生活上水道としての使用することは困難であった。

 今日のように精密なフィルターが無い時代であればこそ、水に混合している不純物(藻類や微生物、細菌など)を除去する浄水方法の研究が当時は死活問題であった、等の証言が相次いだ。

 第四に、ただし、石井部隊の建物には、予防データの作成と予防法の解明を前提とし、伝染病、疫病に感染した者を入院させ、軍医の指導のもとに、実習生が治療にあたる小規模の病院設備は施設内にあった、等の証言が全ての方々の口から異口同音に示されていた。

 以上に照らし、森村誠一氏の「フィクション」に記される残虐な人体実験の設備、毒ガスや細菌兵器を研究した、等の話こそが、現場も調査せず、見てもいないことを見て来たかのように記す偽り、捏造と十分に判別出来るものでした。
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731部隊の構成

 石井731部隊の防疫活動研究班は、「石井式濾水機」(水のろ過器)を開発し、実際運用の面で成果を残しています。当時の組織は次の通りです。

防疫給水部本部(満州第731部隊)
総務部/副官室/調査課/翻訳班/印刷班/写真班/兵要地誌班/調査班/図書班/人事課/庶務課/労務班/庶務室/食堂/酒保/学校/企画課/経理課/管理課/建設班/工務班/動力班/運輸班/電話班/軍需課


第一部(部長:菊池斉/細菌研究)
第一課(チフス) 田部班(班長:田部井和/チフス研究)
第二課(コレラ) 湊班(班長:湊正男/コレラ研究)
第三課(生理・マルタ管理) * ここでの「マルタ管理」とは戦死者、病死者が出た場合の遺体の検視と鑑定、埋葬までの管理を謂い、森村氏が著書の中で歪曲した内容とは根本的に異なる。(平成26年5月5日追記)/吉田班(健康診断)/宮川班(レントゲン)/在田班(レントゲン)/栗秋班(薬理)/草味班(班長:草味正夫/薬理研究)/石井班(捕虜入出管理)/蓬田班(捕虜入出管理)/志村班/特別班(特設監獄)/
第四課(赤痢) 江島班(班長:江島真平/赤痢研究)
第五課(ペスト) 高橋班(班長:高橋正彦/ペスト研究)
第六課(病理) 石川班(班長:石川太刀雄丸/病理研究/岡本班(班長:岡本耕造/病理研究)
第七課
第八課(リッケチア) 野口班(班長:野口圭一/リケッチア・ノミ研究)
第九課(水棲昆虫) 田中班(班長:田中英雄/昆虫研究)
第十課(血清) 内海班(血清研究)/小滝班(ツベルクリン)
第十一課(結核) 肥之藤班(脾脱疽)/太田班(班長:太田澄/炭疽研究)/樋渡班/降旗班(ペスト)/金沢班/貴宝院班(天然痘/二木班(班長:二木秀雄/結核研究)
所属課不詳 笠原班(班長:笠原四郎/ウイルス研究)/吉村班(班長:吉村寿人/凍傷研究)


第二部(実施研究)
八木沢班(班長:八木沢行正/植物菌研究)/焼成班(爆弾製造)/気象班/航空班/
無線班/田中班(昆虫)/篠田班(昆虫)/安達実験場


第三部(防疫給水)
庶務課
第一課(検索)
第二課(毒物検知)
第三課/濾水班/給水班/運輸班/工作班(濾水機)/濾水機・弾筒製造窯


第四部(部長:川島清 軍医少将/細菌製造)
第一課(華頂:柄沢十三夫 軍医少佐/培養生産) 野口班(ペスト・脾脱疽)
第二課
第三課(乾燥菌・ワクチン)
第四課(ワクチン)
有田班(班長:有田正義/発疹チフス・ワクチン)
植村班(瓦斯壊疽・脾脱疽)


所属課不詳 朝比奈班(班長:朝比奈正二郎/発疹チフスおよびワクチン製造)
教育部(部長:西俊英 軍医中佐/隊員教育)
庶務課
教育課/衛生兵/炊事班/診療所/錬成隊/少年隊
資材部(実験用資材)
庶務課
第一課(薬品合成) 山口班(細菌弾)/堀口班(ガラス)
第二課(購買補給)
第三課(濾水機)
第四課(倉庫)
第五課(兵器保管)
第六課(動物飼育)


診療部(付属病院)
伝染病棟
診療室
家族診療所
憲兵室
保機隊


支部
牡丹江支部(満州第643部隊;支部長:尾上正男 軍医少佐)
総務課
経理課
第一課
第二課
第三課
資材課
教育課


林口支部(満州第162部隊)
総務課
第一課
第二課
資材課
教育課


孫呉支部(満州第673部隊;支部長:西俊英 軍医中佐)
総務課
第一課
第二課
資材課
教育課

海拉爾支部(満州第543部隊)
総務課
第一課
第二課
資材課
教育課


大連支部(満州第319部隊)
総務部
研究部
製造部

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プロパガンダによって捏造された“石井731部隊”像

 以上の組織(構成員約3000名)が石井731部隊として、旧満州国の平房(ピョンファン)に存在していました。

 中国共産党の主張によれば、中立条約を破棄した旧ソ連軍の満州侵攻が始まった1945年8月、部隊は「秘密隠匿」のため、施設を「完全破壊」するとともに、「実験試料のマルタ」をすべて殺害して退散した、としていますが、事相に全く反した虚妄と指摘せざるを得ません。

 「完全破壊」されたはずの建物の大半はその後も残り、戦後に修理が加えられ、特に「石井部隊の本部棟」は原型はそのままに最近まで小学校校舎として使用されていました。

 もしも、森村誠一氏の記述に有るような惨劇があった場所とするのであれば、たとえば、ポーランドのアウシュビッツ収容所跡のような、記念館等に充当するのが中国共産党の「記念館」政策に則った方法であり、いかに支那であろうともそう認識する施設をそのまま児童の学び舎に充当し得るとは考え難いことであり、むしろ虚構の自証に等しいと指摘出来る一つです。

 概略ながら、上記ノートを記した以前にも、石井部隊がなしたとする「最後の惨劇」について、支那人研究者に尋ねれば次のように答えた。瑣末な身が在米中に、複数の人物が真剣に語っていた話をここで紹介します。以下、

 すべての施設は爆破され、収容していたマルタの大量虐殺が始まった。監獄へ青酸ガスを流し込み、それでも殺せない者は日本兵が銃剣で止めを刺しながら歩いた。残ったマルタを一ヶ所に集めて爆発物を投じて一挙に爆死させたりした。それでも残っているマルタには二人一組にして互いに殺し合わせることで処分した。


 証拠が発見されたり、マルタが生き証人として残れば罪は免れない。撤退作業の中、マルタの殺戮は激越を極めた。また、死体の隠滅を図るために、大きな穴を掘ってそこに死体を一挙に投げ入れてガソリンをかけて燃やした。死体は生焼けで異様な匂いを放った。土をかぶせて部隊は撤退作業を行った。

 焼却された死体の骨は松花江(スンガリー)という川に運ばれて投棄された。証拠は跡形もなく隠滅せねばならなかったのだ。

 以上がプロパガンダのあらましですが、必ずしも異口同音ではなかったことが引用に残っています。こちらから問うた疑問は次の通りです。

 第一に、一切の証拠隠滅が行われたとする以上のような惨劇を支那人の誰が目撃したのか? 旧日本兵で実名でこうした証言する者は皆無である。

 第二に、語られる様子を掘り下げて検証してみれば、毛沢東氏が文化大革命を通じて自国民を大量殺害した手法とよく類似している。森村氏による「ノンフィクション」発表以降に、支那が騒ぎ出した経緯をみれば、むしろ自国の出来事を語っているかのように聞こえる。ひいては、「南京大虐殺」で有ったとする殺戮手法も毛沢東氏と同じである。

 第三に、旧満州国末期に、隊員の数倍もの数の遺体にかけて一挙に燃やすほどのガソリンが存在していたのか?

 第四に、土で埋めたはずのマルタの死体が出て来なかったのはなぜか? また、それだけの惨劇があったとすれば、跡地を小学校に使用する神経とはいかなるものか?


 第五に、片や、松花江という川に投棄したとする大量骨が発見されなかったのはなぜか? 

 片や、埋めたといい、片や、川に流したという。百歩譲ったとしても、旧ソ連軍が急速に南下しつつある状況で、それほど大量の遺骨を現場から数キロも離れた川に運ぶ余裕が石井部隊にあったのか?

 以上、第五までの質問(疑義)に、支那人研究者は誰一人明解に答えられなかったのです。

 第六番目に指摘すれば、上記も含めて「証拠がない」ことを「日本軍の証拠隠滅」に置き換え、あるいは、米軍との司法取引があったかの如く喧伝し、あるいは米国が資料が保有していると偽る。その性癖が露骨であったことは謂うまでもありません。当該の資料は米国にも存在していないことを、その後に確認したことも付記しておきたく思います。
 
 もって、「石井731部隊の残虐」は、「南京大虐殺」と同様、戦後はるかに経って捏造された捏造と指摘し、事例付記の一稿として追加します。
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 以上、今後の、ブログ小稿への折々の添付のための事例付記の稿で恐縮ですが、事例を積み重ねて稿をなし、また稿を積み重ねて事象の証明に資する研究者の論旨展開の一環としてご理解いただければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。辛抱強く応援くださるみなさまに心より感謝申し上げます。
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国体の護持と弥栄を!

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敷島の桜花(平成26年) 島津義広 撮影

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