2012/06/17(日) 23:25:00 [カルト対策]

“オウム真理教「元」信者”ではなく、「現役

20120617006 
高橋容疑者、押収キャリーバッグから松本死刑囚の写真にテープ
    地下鉄サリン事件の殺人容疑などで逮捕されたオウム真理教元信者・高橋克也容疑者(54)のバッグに、教団の教祖・松本智津夫死刑囚(57)=教祖名・麻原彰晃=の説法を録音したカセットテープが見つかっていたことが16日、警視庁への取材で分かった。このバッグからは、松本死刑囚の写真数枚も見つかった。同死刑囚の著作など教団関連本10数冊が含まれていたこともすでに判明しており、警視庁は、高橋容疑者がまだオウム真理教を信仰している可能性があるとみて調べている。報知新聞Web)6月17日付記事より参照のため抜粋引用/写真は報知新聞同記事より資料として参照のため引用
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カルト対策上の、今後の参考のために

 この15日に、大田区鎌田(東京都)で逮捕された「オウム真理教元信者・高橋克也容疑者」について、今後のカルト対策の上で参考とできそうな要素が認められるため、当該の“ニュース”が風化しないうちにメモにクリップしておきたい。そう思い立ち小稿を問う次第である。

 その重要な一つが、同容疑者が逮捕時に身に着けていたとされるバッグの中に、「教団の教祖・松本智津夫死刑囚(57)=教祖名・麻原彰晃=の説法を録音したカセットテープが見つかっていたことが16日、警視庁への取材で分かった」と。さらに「このバッグからは、松本死刑囚の写真数枚も見つかった」とされ、また、「同死刑囚の著作など教団関連本10数冊が含まれていたこともすでに判明しており」(表題)とされている点である。
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“オウム真理教「元」信者”ではなく、「現役」

 そこで、調査の一環として、カルト教団から以前に脱退した元信者氏に話を伺ったので小稿に紹介したい。

(以下、元信者へのインタビュー)

筆 者: “ニュース”ですでにご存知のことかと思うが。逮捕された高橋克也容疑者の行状についてお尋ねしたい。すでにカルト教団から完全に脱退されて、相応の歳月も経っている今の貴兄に照らせば、報じられている事柄が事実とすれば、果たしてどうなのかと。

元信者: 私の場合、オウムでは無かったけれども、何でもどうぞ。

筆 者: 高橋容疑者が、オウム真理教の教団関連本や麻原教祖の写真、説法を録音したテープなどを所持していた。しかも、それらは、この4日に新たな逃走を開始した後も所持していた。メディアは“オウム真理教「元」信者”と盛んに報じているが、本当に「元」なのか、どうか。この点、どう思われるか。

元信者: ご指摘の通り「元」は付かず、未だにオウム真理教の信者ではないか。

筆 者: つまり、オウム真理教とは未だに決別していない、ということか。

元信者: その通り。未だに「現役」ではないかと思う。もしも、身も心も教団から決別していれば、つまり本当に脱退していれば、人生をきっぱりやり直そうという心境になるはずで、たとえば、関連する本や教祖の写真、説法のテープなどはとっくに破棄しているはずではないか。自身の場合だが、それまで所持していた本だの、CDだのをすべて破棄した。カルトから身も心も決別するならほぼ例外なく「そうする」はずだ。前後に脱会した元仲間の中には、破棄したいところをじっと我慢して、保管の上、カルト対策のための資料として弁護士さんや調査関係者に提供した人もいるが「身も心も」再出発、という点では、皆は共通した心境に在ったと思う。

(以上、元信者へのインタビュー)
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揺れ戻しの「感情」との決別

 インタビューをさらに続けた。

(以下、元信者へのインタビュー)

筆 者: なるほど、先日、別の方にも話を伺ったが、答えは同じであった。実際に脱退された心境とは「そういうもの」か。

元信者: そうだ。そうではなければ、本当の脱退とは謂えない。今思えば、いずれ襲って来るかもしれない「揺れ戻し」との闘いだった、とそう謂えるのかもしれないが。「理性」を以って脱会した人はそうするはずだ。

筆 者: というと。

元信者: 好き嫌いや腹が立つといった「感情」で止めた人は、未だに、指摘されている「カルトの病理」から卒業した人とは謂い難い。妄想に駆られ易いし、脱退した後に、「感情」で再び「元のさや」に戻るか、別のカルトに奔る因子を捨てられない向きだと思う。

筆 者: なるほど、大変に重要な点ですね。人としての、せっかくの「理性」を持ちながら、また、持つべき大人でありながら、しかし「感情」に奔ってしまう、ということは、“私”は自分自身を客観的に観ることが難しいと。そう自ら表明しているに等しいと。

元信者: そうだ、まったくその通り。

筆 者: しかし、「理性」で判断できる人は、教義や教祖の矛盾とか、出鱈目さに気づいて決別できる。ということは、カルトから完全に卒業できた人は、教団活動の中で薄れかけていたけれども、かろうじて、その「理性」で判断できた人と謂える。また、カルトに騙され易い、または、騙され難い。その要素を問う点で、「理性」を活かすことができ、反省もできる。それは後者であると。そう認識して良いか。

元信者: そうだ。そう認識して良い。

筆 者: では、何故、貴兄はカルトに騙されたのか。

元信者: 痛い質問だ。だが、正直に答えると「無知」だった。本当に「無知」だった。「無知」の二文字に尽きると思う。よく指摘されているように、子供の時分から学校で教えるべきだと思う。基本常識の一つとしてしっかり教えれば、大抵「理性で判断できる」日本人には予備知識(免疫)ができて、カルトに騙される人も激減するはずと思う。

(以上、元信者へのインタビュー)
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高橋容疑者の場合

 以上と同じインタビューを、複数の元信者に行ったが、答えは同じであった。あくまで瑣末な身の独断によるものに過ぎないが、ここにメモとして記せば、表題の高橋容疑者のケースは“元”ではなく「現役」である。つまり、たとえば、何かの間違いで、麻原死刑囚から大衆を「ポアせよ」と指示が漏れ出るようなことがあれば、それに従う「現役」信者に他ならない。

 先に逮捕された菊地容疑者にもその傾向が窺えるが、たとえ表向きにどのような言葉を発しようとも、世に対する本当の意味での反省も謝罪も無い。そう認識して差し支えない事例と観る。

 見えざる心の深層では、追跡、逮捕されること自体が彼らにとって“不条理”であり、且つ、十七年間にもおよぶ長期の逃亡を支えた最も大きな要素もまたそのカルトの心理であった。そもそも“元”を付けて呼ぶべき存在ではなく、表向きの姿形、場所を変えたのみの、その正体は「現役」カルト信者に他ならないのではないか。この点にメスを十分に入れない限り、公判なり、刑期などを事務的なまでに経て、簡単に娑婆に出て来てもらいたくはない。
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【筆者記】

 以上は、カルトの“表(おもて)”に騙されず、メディアの“表”にも騙されないための、一つの「鉄則」の一つとも謂えるのかもしれず、且つ「カルト対策」を良識に呼びかけ続ける筆者の新たな問いかけでもある。
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日本は毅然とあれ!

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路傍にて(筆者)
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