2011/09/04(日) 10:16:10 [創価、あの事件も!]

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「前原誠司前外相の勝利を祈念して」

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露と消えた「創価学会」好みのファーストレディ
 大臣の次は総理夫人。民主党の代表選とは直接関係がない創価学会の学会員たちは、前原誠司前外相の勝利を祈念して、必死に題目を唱えていたという。週刊新潮(9月8日号)P124誌面(切り抜き)より資料として参照/写真は週刊新潮の同誌面より資料として参照
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「前原誠司前外相の勝利を祈念して」

 興味深い誌面だ、今後の参考のため小稿にクリップさせていただきたい。表題は、先の民主党代表選(8月29日投開票)で、「創価学会の学会員たちは、前原誠司前外相の勝利を祈念して、必死に題目を唱えていたという」とする記事である。創価学会員が「我々の仲間」(誌面)とする前原氏夫人がファーストレディになるように、との理由によるものであることが誌面に窺える。

 その“理由”について、誌面には続けて、「あまり知られていないが、前原氏の愛妻・愛里夫人は創価女子短大卒で、その両親も熱心な学会員なのだ」として、「公明党から初めて大臣が出た時、池田大作名誉会長は“デージン(大臣)”はみんなの部下だから”と豪語したといわれています。前原さんが総理になれば、夫人を通じて政権を操縦できるとでも考えたのでしょうね(政治部記者)」としている。これまでの創価学会の実態からしてみれば、こうした“行事”は有り得て不思議ではない。
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何かにかこつけて題目を唱える

 何かにかこつけて題目を唱える。同教団では“お馴染み”のスタイルであることは言うまでもない。たとえば、伝統的な“池田先生のご健康”。選挙での“公明党候補の勝利”や同志(信者仲間)が監督を務めるプロ野球チームの“日本シリーズ勝利”など、ローカルな“テーマ”もさまざまに含まれている、との脱会者諸氏の証言をささやかな国思う活動の中でさまざまに伺って来た。

 そこまでなら“たわいない”お祈り集団と謂えるのかしれないが、しかし、同教団に批判的な社会的存在や、あるいは、目覚めて脱会を果たした人々などを“仏敵”とみなし、“打倒”や“病死”なども祈念するという、宗教の姿とは到底認識し得ない側面を有していることをご存知の読者も少なくないだろう。そこに、尽き果てぬカルトの病理の一端が窺えるのである。内藤國夫氏(故人)がかつて月刊誌「諸君」の中で「創価学会問題」をさまざまな角度からあつかい、同教団の社会病理として指摘して来られた。同氏が逝去されて今年で10年を経たが、その病理は加速を続け、さらに深度を増しているかに映るのは筆者だけだろうか。
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■ 主な関連記事:

「日本史授業でハングル指導」考 2011/08/25 
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「特亜を斬る」殿の安否について 2011/05/25 
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■ 関連資料:

平成23年5月4日 見抜くべき「亜」の国害
平成23年4月23日 (第一部)
日本の新たな夜明け

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平成22年11月21日 茨城県 訪問勉強会 特亜および露西亜の真実
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世界の中心に自教団を据える

 何でもかんでも、創価学会の都合に合うように祈る、“実践”するとする病理は、そもそもが、世界のあらゆる文化や遺産を、あたかも“韓国起源”であるかに誇張して恥じない朝鮮の病理と共通している。たとえば、キリスト“朝鮮人説”を吹聴して恥じない南朝鮮の病理と、“池田先生”を「日蓮大聖人」の“再誕”であるかの裏信仰を恥じない創価学会の病理は「相似形」をなしている。その共通した“論旨”に照らせば、統一教会は無論のこと、教祖自らがキリスト、仏陀の“再誕”であるかに喧伝していたオウム真理教や、最近では、同様のスタンスをとる幸福の科学もまたその例外ではない。

 歴史に名を残すかの数々の宗教者の教えを、亡者(教祖)のご都合主義を繕(つくろ)う“教義”へと切り貼りする。都合勝手に改編する。そこに「カルト」の共通点があり、遡(さか)ればその大部分が、あたかも世界の中心に自らを据えるかの、朝鮮人の癒えぬメンタリティによるものであることがよく判る。それゆえ、創価学会のみならず、これら「カルト」全般に共通している「亜」期限の病理を国害とみなし、それらの国害から国と国民を守り保つ。それが真の保守(守り保つ)の本義ではないか。

 微力ながら、積年の間カルトと対峙し、実際に一人一人を脱退させ、通常の日本人へと引き戻す無私無利益の活動を一つとして来た瑣末な身にとっては、「カルト」の国害認識は、戦後にもっとも欠落していた重要要素に映ってならない。ゆえに、他国の精神侵略の恰好の具として国土に繁茂させてしまったのである。カルトに翻弄されない日本、毅然とした「人」を育てる本来の日本の在り方に遡及してこそ、はじめて、日本は真の恢復の針路を取り戻す。
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【筆者記】

 すなわち、タブー視したままで蓋をするかのように、そもそもが宗教とは異形の集団病理である「カルト」の国害指摘と対峙、放逐への努力を欠いてしまえば、国家の恢復にとってはまさに「画龍点睛を欠く」ことに通ずる。「亜」の病理はそこを衝いて侵蝕して来るからだ。在日コリアンの特別永住資格の見直し、廃止の必要性などと同様に、このまま蓋をして済ませてはならない病理である。真の「戦後レジームからの脱却」は、勇気あるべきこの国民努力に始まるのである。
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日本は毅然とあれ!                      

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路傍にて
(筆者)
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